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2005.02.09 Wednesday  | - | - | - | 

ノルウェー皇太子妃メッテ・マリット

世界の王室からコンニチワ。第2弾はノルウェー皇太子妃メッテマリット妃です。異色のプリンセスと言うのか、それともシンデレラストーリを歩んだ女性というのか。いずれにせよ彼女と時期国王ホーコン皇太子との結婚までの道のりは非常に厳しい物でした。

そもそも彼女とホーコン王子の出会いは結婚の3年前ですが、実際に恋人という関係になったのは南ノルウェーでの再会後だったとのことです。当時メッテマリットは働きながらオスロ大学で学ぶ勤労学生。ホーコン王子はそんな彼女にメロメロだったようです。そして二人はお付き合いを経て「結婚」を意識するようになった・・・とまぁここまでは普通のカップル話なんですが、問題はここから。なんと彼女はシングルマザー。そうです。未来のお妃候補には既に3歳になる男の子マリウス君がいたのです。更にそれだけではなく、彼女の過去を調べてみるとドラックがらみのパーティーに出入りしていた事も発覚。未来のお妃候補がこんなんでいいのか!?ってなぐあいでノルウェー国内でこのシングルマザーお妃候補論争が巻き起こったそう。

しかしながらここはノルウェー。現国王と王妃もその時代には珍しい恋愛結婚。しかも王妃は民間の出身で、結婚の許可までに7年(9年?)かかったとかかからなかったとか。そんな王様と王妃を持つ古くから恋愛に寛容だったノルウェー国ならではの考え方で、最初はあまり歓迎されなかったシングルマザーであるメッテ・マリット未来の王女論も徐々に歓迎されるようになっていき、最終的には94%の国民が王子の結婚宣言に対して支持をするという数字を打ち出しました。(←ちなみにこの結婚を最終的にサポートしてくれたのは現国王だったとの話も。ホーコン王子、アンタの父ちゃんいい父ちゃんや・・。)

結局のところ王室がこの結婚に対して賛成か賛成でないかはノーコメントだったものの、婚約会見に現れた二人はもうラブラブそのもの。記者によるメッテ・マリットの過去に関する厳しいかつ、ストレートな質問にもメッテ・マリットはホーコン王子の手を握り締めながら誠意をもち「私の過去を受け入れ難い人がいるのも知っている。過去は変えられないが、これからの私たちをどうか見守っていって欲しい。」一言一言しっかりと答えており、その姿勢も国民に好印象を与えたとか。そしてホーコン王子も婚約会見の場で彼女の3歳になる息子マリウス君を王室メンバーとみなし、大切に見守っていきたいと宣言した。

ちなみに最近では二人の間に王位継承権2位(ホーコン王子の次)に当たる女の子イングリド・アレクサンドラちゃんが誕生している。ちなみに当然(?)のことながら、メッテ・マリット妃の連れ子であるマリウス君には王位継承権はありません。んでもって、王位継承のことを考えるとマリウス君にとっても女の子(イングリットちゃん)の誕生はよかったんじゃないかと思う。これがもし生まれたのが男の子だったら二人が成長するにつれて何だかいろいろと兄弟間で複雑な感情が沸き起こるんじゃないかと思えるので。同じ母親から生まれた男兄弟なのに、弟は未来の王様、兄は・・・・みたいな。でも女の子だったらまだそういう部分で最初から王位継承権の無いマリウス君にとっては少しばかり良かったんじゃないかと。


ちなみにイングリット・アレクサンドラという名前はスカンジナヴィア系の王室では昔ながらの名前で、親しみやすい事から命名されたそうです



2005.02.04 Friday 17:01 | comments(0) | trackbacks(0) | 世界の王室からコンニチワ。 | 

オランダのマキシマ皇太子妃

私は欧州の王室ファンです。そんな私が勝手に世界の王室メンバーをご紹介。まず最初はオランダのマキシマ妃です。マキシマ妃はオランダ時期国王ウィレム王子の妻で、アルゼンチン生まれ。もともと親しみやすそうな顔立ちをしていますが、それプラス笑うと笑顔がステキで、個人的に大好きな王室メンバーの一人。

でもこの二人、アメリカで出会ってから結婚までにはいろんな問題があったのです。まず宗教の違いがありました。オランダはプロテスタントが主流ですが、マキシマさんはカトリックだったということ。そして何よりもこの結婚において一番の障害がマキシマ妃の父親でした。この父親が1970年代のアルゼンチン独裁政権内で農林相を務めていたのですが、その間に3万人もの人々がこの独裁政権によって死亡、または行方不明になっていたのです。そんな父を持つマキシマさんをオランダ王室メンバーとして受け入れるべきか否か。かなりの議論が交わされたようです。そして結婚OKの条件としてでた結論が、「マキシマさんが父と決別する事」でありました。要するに結婚したけりゃ父親とは今後あまり関わるな。・・・ってことだったんですかね。父親(家族)をとるのか、それとも彼との結婚をとるのか。ある意味汚い選択を迫られたんですね。「私と仕事とどっちが大事なのよ!」「私とお義母さんどっちを取るの!?」くらいの愚問ですな。マキシマさんにとっては両方とも大事な人に変わりは無いであろうに。マキシマさん自体もこの事について「私の父の事が原因で、この結婚は絶対に出来ないものであろうと思っていました。」と語っている。

結局は二人の愛を貫く事にしたマキシマさん。2月2日には無事結婚式がとり行われました。しかし当初の条件どおり、マキシマさんの父はマキシマさんの結婚式への参列を許されませんでした。花嫁の父不在で行われた結婚式。結婚式中笑顔を絶やさなかったマキシマさんですが、式の最後の方で故郷アルゼンチンタンゴである「さよならお父さん」が流れた途端、今まで笑顔だったマキシマさんの顔から堰を切ったように涙が溢れ出てきていたそうです。

障害を乗り越え、父との決別という厳しい条件をも乗り越えてオランダ時期国王のもとに嫁いだマキシマさん。今ではとても国民に人気があるようです。二人の間は王位継承権2位に当たる女の子カタリナ・アマリア王女(現女王のベアトリス王女にそっくり)も生まれ、更にマキシマさんは今現在第二子を妊娠中との事(安定期に入らないうちに記事をすっぱ抜かれてウィレム王子はこの時期尚早な報道にかなり怒っていた模様)。国民に愛されるその笑顔をこれからも絶やさずにいて欲しいです。


カタリナ王女は肉付が非常にヨロシ。
2005.02.03 Thursday 09:36 | comments(0) | trackbacks(0) | 世界の王室からコンニチワ。 | 
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