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2005.02.09 Wednesday  | - | - | - | 

オランダのマキシマ皇太子妃

私は欧州の王室ファンです。そんな私が勝手に世界の王室メンバーをご紹介。まず最初はオランダのマキシマ妃です。マキシマ妃はオランダ時期国王ウィレム王子の妻で、アルゼンチン生まれ。もともと親しみやすそうな顔立ちをしていますが、それプラス笑うと笑顔がステキで、個人的に大好きな王室メンバーの一人。

でもこの二人、アメリカで出会ってから結婚までにはいろんな問題があったのです。まず宗教の違いがありました。オランダはプロテスタントが主流ですが、マキシマさんはカトリックだったということ。そして何よりもこの結婚において一番の障害がマキシマ妃の父親でした。この父親が1970年代のアルゼンチン独裁政権内で農林相を務めていたのですが、その間に3万人もの人々がこの独裁政権によって死亡、または行方不明になっていたのです。そんな父を持つマキシマさんをオランダ王室メンバーとして受け入れるべきか否か。かなりの議論が交わされたようです。そして結婚OKの条件としてでた結論が、「マキシマさんが父と決別する事」でありました。要するに結婚したけりゃ父親とは今後あまり関わるな。・・・ってことだったんですかね。父親(家族)をとるのか、それとも彼との結婚をとるのか。ある意味汚い選択を迫られたんですね。「私と仕事とどっちが大事なのよ!」「私とお義母さんどっちを取るの!?」くらいの愚問ですな。マキシマさんにとっては両方とも大事な人に変わりは無いであろうに。マキシマさん自体もこの事について「私の父の事が原因で、この結婚は絶対に出来ないものであろうと思っていました。」と語っている。

結局は二人の愛を貫く事にしたマキシマさん。2月2日には無事結婚式がとり行われました。しかし当初の条件どおり、マキシマさんの父はマキシマさんの結婚式への参列を許されませんでした。花嫁の父不在で行われた結婚式。結婚式中笑顔を絶やさなかったマキシマさんですが、式の最後の方で故郷アルゼンチンタンゴである「さよならお父さん」が流れた途端、今まで笑顔だったマキシマさんの顔から堰を切ったように涙が溢れ出てきていたそうです。

障害を乗り越え、父との決別という厳しい条件をも乗り越えてオランダ時期国王のもとに嫁いだマキシマさん。今ではとても国民に人気があるようです。二人の間は王位継承権2位に当たる女の子カタリナ・アマリア王女(現女王のベアトリス王女にそっくり)も生まれ、更にマキシマさんは今現在第二子を妊娠中との事(安定期に入らないうちに記事をすっぱ抜かれてウィレム王子はこの時期尚早な報道にかなり怒っていた模様)。国民に愛されるその笑顔をこれからも絶やさずにいて欲しいです。


カタリナ王女は肉付が非常にヨロシ。
2005.02.03 Thursday 09:36 | comments(0) | trackbacks(0) | 世界の王室からコンニチワ。 | 

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2005.02.09 Wednesday 09:36 | - | - | - |